バーロン川で、 わらしに戻って蟹と戯むる
- 鉄太 渡辺
- Sep 20, 2015
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2015年9月20日
「東海の小島の磯の白砂に われ泣きぬれて 蟹とたわむる」と詠んだのは啄木だが、これは帰郷の念に駆られて詠んだ悲しい歌である。
「バーロン川の桟橋にわれ笑いながら蟹とたわむる」これは、僕が大漁を詠んだ楽しい歌である。
さて9月の中旬のある週、僕と息子の鈴吾郎と妻のチャコは、メルボルンの南、ジーロンに住むK松さん家族に呼んでもらって春休みの2、3日を過ごした。K松さんは、この近くの田舎のシュタイナー学校の幼稚園教諭であるが、休日はほとんど毎日釣りをしている太公望である。ここで今回、ボラ40匹、蟹を40匹とった。

茹でたら、オレンジ色に染まったカニ
K松さん曰く、「春がきても、なかなかビクトリア州近辺の水温は上昇しないんですよ。つまりお魚さんたちはまだ冬なんです。だから、9月に気温が暖かくなっても、すぐは 釣れないんですよ 。」
でも、せっかく春休みなんだから「ちょっと様子だけでもみましょうよ」ということになったのである。そこで、僕とチャコと鈴吾郎は、車を飛ばし、K松宅のあるベラリン半島に赴いた。すると、K松さんは春のお日様のような明るい顔で、「そろそろポートアーリントン港のワカメが旬です。さっそくとりに行きましょう。ワカメは、俳句では、春の季語なんですよ」と洒落たことを言う。実は、K松さんの日本にいるお母さんは俳人なのだ。
さて、ポートアーリントンへ着くと、そこはぽかぽか暖かく、湾を隔てた向こうにメルボルンのスモッグと、その中ににょきにょきとビルが見える。
でも、どうしてこんなところに日本のワカメが生えているかと言うと、それは日本のコンテナ船が空荷でくるとき日本の海水を船腹に積んでくる。その海水を荷物を積む前にメルボルンの湾内に捨てる。すると、その海水に含まれていた日本のヒトデやら海草やらが放たれ、そこらで育ち始めるのだ。その結果、ここポートフィリップ湾から、西へ300キロのアポロベイくらいまで、日本のワカメが繁殖しつつあるのだ。これは「侵略的外来種」ということで、駆逐されることが奨励されている。同時に、肥満ばかりのオーストラリア人の一部では、「ワカメは健康に素晴らしいスーパーフードだから、これを食べると日本人のように痩せられる」という情報が広まり、みんな競ってワカメを穫っているという噂もある。
だが、どうしてか今日は、肥満のオーストラリア人がワカメを争ってとっている気配はない。だから、日本人の僕たちだけが、港の外壁の岩の上をよろよろ歩いてワカメをとった。ちょうど干潮時なので、手を伸ばせば水中のワカメの根元のあたりを持って引き抜くと簡単に抜ける。
「根元の固い所が根株です。そこを細かく刻むとネバネバして、おいしいんです」とK松さん。鈴吾郎も、チャコも、とれたてのワカメが大好きだから、すぐにバケツ一杯と、ビニール袋二袋ほどとる。「これだけあれば、一年分あります」とK松さん。一年分と聞くと、ずいぶん得をした様な気持だ。
帰り際に、港の桟橋でムール貝を売っているおばさんがいたので、5キロ買う。一キロたった5ドルだ。ところが、「まだ寒いし、今年はまだ春の雨があまり降ってないから、貝が痩せてるんだよ」と、おばさん。「半分は、釣り餌に使うんです」と言うと、「そんなら、カラが破れているのをサービスするよ」と、一袋余計にただでくれた。ここでも大分得をした気分になる。
その足で、ベラリン半島南端のクイーンズクリフのフェリー乗り場に行って魚を釣る。さっき買ったムール貝を贅沢に撒き餌に使う。天気も良く、ぽかぽか暖か。でも、全然釣れない。どういうことか? この桟橋では、過去には30センチ以上あるシマアジやらメジナやらオバケのようにでかいカワハギなどを釣り上げたと言うのに、今日は10センチくらいのベラが一匹釣れただけ。
釣りに行って釣れないと、「なぜ釣れないのか?」ということを言う人がある。しかし、この質問は間違っている。本当に釣りが上手になりたいなら、「どうしたら釣れるのか?」という質問をするべきなのだ。現に、僕の知り合いの子どもで、「どうして僕は釣れないのか?」ということを必ず投げかけてくる少年がいる。その質問をする時のこの子の顔色は明るくなく、この子の釣り師としての将来も決して明るくない。今度会ったら、「どうやったら釣れるのか?」と、質問を逆転するように教示してやろう。
魚が釣れないということの最大の原因は、魚がいないということにある。あるいは、いても、気温などの関係で、餌を食べないという状況だ。こういうときは、大概は何をしてもダメであり、帰宅するに限る。
K松さんも、「おかしいなあ…。今日は坊主ですね」と言い、いさぎよく帰宅することに。でも、夜は、K松さんが2日前に釣っておいてくれたカワハギを刺身に肴に酒を飲んだ。旨い酒だった。良い釣り師になる秘訣の一つは、釣れなくてもくよくよしないことだ。
さて翌日。絵本の締め切りがあるチャコは、電車でメルボルンに帰る。僕たち男組と、K松さんの娘さんの小四のアイちゃんは、今日も釣をする。でも、 午後4時が満潮なので、昼ご飯をゆっくり食べてから出陣。今日の行く先はバーロン川。
バーロン川は、バーロンヘッズという海岸に流れ込む大きな川で、河口から2、3キロまでは全くの海水。だから満潮時はいろいろな魚が川をさかのぼってくる。そして、干潮時は、その魚たちが川を下って行く(当たり前だ!)。だから、ここは、常に魚が行き来している「魚ハイウェー」 なのだ。これまでも、僕たちはもう何度もここで釣りをし、以下のような魚を釣り上げている。
1.ボラ、
2.「唐揚げくん」(本当はトミーラフというアジのような魚。唐揚げにして食べるので、こういう名まえ)、
3.オーストラリア・サーモン(顔が少し鮭に似ている。味はアジのような魚)
4.その他、キス、シマアジ、コチなどだが、上記ほどはいない。
言うまでもないが、これらはみな、煮て良し、焼いて良し、揚げて良し、刺身でも良しと言う、美味しい魚ばかりだ。だからバーロン川は、とても良い川なのである。

バーロン川にカニカゴを投げる鈴吾郎
ところが、この日も、ほぼ坊主で終わる。小さなボラがぽちぽち釣れただけ。となりの国籍不明のおじさんが、30センチのシマアジを上げたときは、一瞬盛り上がったが、それ以外は音沙汰なし。おまけに空は曇ってきて、寒くて仕方ない。ただ、魚の代わりに釣り針に4匹ばかりカニがかかったことは特筆しておく。
「ちっちゃいカニだけじゃあ、お話になりませんな」と、さすがのK松さんも渋い顔。とりあえず、K松宅に帰って夕食。それでも、料理が得意のK松さんは、いろいろ作ってくれてもてなしてくれた。加えて、偶然釣れたチビガニをダシに「カニのみそ汁」も作った。
ところが、意外や意外、このカニのみそ汁が美味しかった! カニも小さいくせに、身がむっちりと詰まっていて美味。アイちゃんが「もっと食べたい!」と言ったので、「じゃあ、明日は バーロン川でカニ穫りをしましょう!」ということに決定。
翌日。今日は、僕と鈴吾郎が夕方に帰宅しなくてはならないので、早々と午前からの出陣。でも満潮は夕方5時。天気も良くない。「コンディション的には、最悪ですね」とK松さん。
それでも我々は、釣具店に行き、カニ穫り用のカゴを買う。たった8ドル。「これって安くない?」と私たち。それから、カニ穫りの餌になる、ニワトリの骨とガラを肉屋に貰いに行く。これは無料。「これってお得じゃない?」と、私たち。
ところが車に乗ると、今度は冷たい雨と雹が降り出した。「コンディション的には最悪ですね」とK松さん。「でも、まあ、バーロン川に行って、様子だけでもみましょうよ」と、僕。
バーロン川に行くと、さっきの冷たい雨はどこ吹く風、太陽が出てお日様ぽかぽか。「最高のコンディションですよ」とK松さんはニコニコ。
鈴吾郎とアイちゃんは、本格的カニ穫りに大興奮。子どもはカニ穫りが好きだ。二人は、ニワトリのガラをカニ穫りのカゴにゆわえ付けたり大わらわ。

カニカゴを仕掛ける小学生ふたり
僕は、カニ穫りを子らに任せ、一人ゆうゆうと釣り竿を垂れてみる。すると、どうだ、ボラが入れ食いじゃないか!
さて、ここで言っておくが、ボラと言うのは日本では底辺的な下魚かもしれないが、オーストラリアのボラはちょっと違う。こちらは水がきれいなせいか、新鮮なボラはちっとも臭くなくて美味しい。刺身、焼き魚、いずれも脂が乗っていて旨い。むっちりとした白身が、つやっぽくて色っぽくて悪くない。
僕が、ボラをぽぽーんと釣り上げているのを見て、k松さんもあわてて釣り始め、やはりボラをぽんぽん上げ始めた。子ども達も、カニ穫りカゴをぼちゃんと水に落として、ボラ釣りを始める。
さて、まつこと15分。ためしにカゴをあげてみる。すると、15センチ程のカニが二匹も入っている。「おお、すげえ」と、鈴吾郎が喜んで、大振りのカニをつかみあげた。すると「いでえ、いでえ!」と悲鳴をあげた。カニに指を挟まれたのだ。うちの息子は、カニのつかみ方を知らない。
「カニってのは、甲羅の両横をこうやって持つんだよ」と、カニを捕まえて50年の僕が教示する。が、やはり大きなカニのハサミにはさまれそうになり、カニを取り落として苦笑い。

カニのアップ

ボラを並べる鈴吾郎とアイちゃん
とにかく、こんな調子でカゴを2、30分おきに入れたり出したりすると、 必ずカニが2、3匹入っている。そんなですぐにバケツ一杯とれた。ボラの方も、ぽんぽん釣り上げ、こちらもクーラーボックスが一杯。
「いやあ、今日はたくさんとれたなあ!」と、みんな喜色満面だ。では、「そろそろ帰りますか!」と、k松さん。 見ると、向こうから雨を含んだ黒雲がやってくるから、急いで帰路についた。
帰ってから数えると、カニが40匹、ボラも40匹釣れていた。大漁と言ってもいいような快調な釣りだった。
「カニ穫りは楽しかったな。新しい遊びを覚えちゃった感じですね。よし、明日もカニ穫り行くぞ!」とk松さんは、底抜けに明るい顔をして言うのだった。
早めの夕食をいただき、僕と鈴吾郎は、お土産にカニとボラとワカメをたくさんアイスボックスに入れてもらって、高速を飛ばして家路に着いた。
春休みは、まだあと10日も残っているから、僕たちももう一、二回は釣りに行くつもりだ。

鶏ガラを一羽分飲みこんで、目を白黒させていたアホなペリカン。
それでも、どうにか飲みこんでまた戻ってきたので、追い返した。
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