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タイムブック・セラー:過ぎ去った時を売るメルボルンの古書店

2021年3月3日

 

前回は、クレズウィックという田舎町に住んでいたサイモン・マクドナルドという詩人の伝記について書きました。Time Out of Mind (未邦訳、仮題『記憶の中のあの頃』)という本ですが、この本は、あるアメリカの古書店のサイトで見つけました(Amazonじゃありません)。メルボルンの僕が、オーストラリアの本をアメリカの書店サイトで買うのも妙ですが、それでも注文したら、送ってきたのはメルボルンの古書店でした。何だかすごい回り道の上、アメリカの書店にコミッションだけ払って損した気がしたので、今度から直接このメルボルンの書店から買うことにしました。メルボルン のタイムブック・セラーという古書店です。古い本を「タイムブック」と呼ぶのも洒落ていますね。



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タイムブックセラーの倉庫


 調べてみると、タイムブック・セラーは、うちから車で1時間もかからないソマービルという町にあることが分かりました。オーストラリアの歴史関係の本を専門においているようで、興味をそそられます。本というのは実際に手にとってみないと本当に欲しい本なのかどうかわからないし、コンピュータのカタログをにらんでいても楽しくないので、店まで行ってみることにしました。古書店と言っても、店舗ではなくて倉庫なので、行く前に電話して予約すると中に入れてくれるシステムです。久しぶりに書店に行くので心はウキウキでした。

 電話をしたとき、「オーストラリアの古い民話や伝承、植民地時代の文学などに興味があるので、そう言った本を見せてください」と店の女性に話しておきました。僕は子供の本を書いているので、何でも「お話」の出てくる本に関心があるのです。

 メルボルンの市街とは逆方向に、モーニングトン半島へ向かって車を走らせること、およそ45分でソマービルにつきました。ここは海の近くなのですが、海軍基地や石油の備蓄基地などもあるので、のんびりした風景の中に倉庫や作業所のような施設が並んでいます。近くに釣り場もあるので、釣り竿を持って来ることもあります。

 タイムブック・セラー書店の倉庫に着くと、呼び鈴がないのでドアの前からまた電話しました。すると、呼び鈴代わりにドアの向こう側で犬がキャンキャン吠えました。

 電話が通じ、「あら、早かったですね、今開けます。犬が吠えてごめんなさい」と、さっきの女性が答えて、すぐにドアを開けてくれました。高校の先生みたいな年配の女性で、親切なことに「ご興味のありそうな本を集めておきましたよ」と、事務所の机の上に20冊くらい本を積み上げておいてくれました。それから「本は奥にもっとたくさんあるから、自由に見て下さいね。この犬はもう20歳で、とても歳をとっていて、お腹の具合が悪くてオナラをするから、臭かったら言って下さい。あっちに連れて行きますから」と付け加えました。僕は、20歳の犬に会ったのは初めてなので、びっくりしました。20歳というと人間では100歳以上でしょうか。その老犬は、小型のジャックラッセル犬で、みた感じはそんなに年寄りではないのですが、少し呼吸が苦しそうで、ずっと「ボフ、ボフ、ボフ」と咳のような息をしていました。犬は僕の足の匂いをゆっくり嗅ぐと、満足して自分の布団に潜り込んで寝てしまいました。

 僕は、「ボフ、ボフ、ボフ」という老犬の息を聞きながら、女性が集めておいてくれた本をじっくり見せてもらいました。(幸いオナラはしませんでした。)

 考えてみれば、コロナが蔓延するようになってから一年、ロックダウンがあったり、外出規制が発令されてメルボルン市街から出られなくなったり、一番ひどい時は自宅の5キロ圏内から出られなくなったりで、書店にはずっと来ていませんでした。図書館もずっと閉まっていたので、本のある場所へ来るのは本当に久しぶりです。 



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オーストラリア民話・伝承の本

 

僕は腰を据え、女性が準備してくれておいた本をじっくりと1時間くらいかけて見せてもらい、その中から2、3冊欲しい本を選び出しました。それから奥の倉庫に移動し、もっと本を見せてもらいました。

 倉庫は二階建てで、木製の書棚がびっしり並び、ちょっとした図書館のようです。でも、よくある古本屋のように、何でもかんでも積んであるのでなく、選び抜かれた本がちゃんと整理されてジャンル別においてあるのです。

 僕はまず、関心のあるオーストラリア文学や民族学、アボリジナルの民話といった本をあれこれ手にとりました。古い本の手触りがとても懐かしい感じです。でも、だんだんと横道に外れていって、オーストラリア空軍の歴史の本、鉄道の本、旅行記、海釣りの本なども夢中で取り出してはめくっていました。僕の後にも年配の読書好きのおじさんやおばさんが二、三人やって来て、同じように書架のあちこちで思い思いの時を過ごしています。

 ふと気がつくと、2時すぎでした。ここに足を踏み入れたのが午前11時くらいだったから、昼ご飯を食べるのも忘れて本に見入っていたのでした。



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オックスフォード大学刊オーストラリア民話の辞典。こんな本があるとは驚き。

もちろん書いましたとも。


 僕は、買いたい本を持って事務所の女性のところへ行きました。「久しぶりにゆっくり本がみられて、とても楽しかったです」と言って、女性に代金を払いました。オーストラリアではこういう時、ただお金を払って立ち去るのでなく、ちょっとした四方山話をするのが習慣、と言うか、礼儀なのです。この女性もとても話好きでした。一日中事務所に座っていて人恋しかったせいかもしれません。

 「今日は、うちの夫は医者に行っていて留守なのだけど、いつもはいるんですよ。またぜひきて下さいね。ネットで本を売る商売だから、お客さんはあまり来なくて、一日に一人か二人かしら。今日は多い方ね。主人は若い頃大学で歴史を専攻したので、こういう商売が性に合ってるみたい。オーストラリアの歴史は、先住民を虐待した暗い影のある歴史よね。本当にひどいことがたくさんあったことが、ここに置いてある本にもたくさん書いてあります。私たち世代はそういうことあまり知らないで育ったけど、私たちの子供世代は全部学校で教わっているから、本当によかったと思う。今はそれを精算する時代になったのね。あなたは日本人なの? 私、外国語で本が読める人を本当に尊敬しちゃうわよ。私は英語しかできないから。私はイギリス系のオーストラリア人だけど、こう見えても曽祖父が上海出身の中国人なのよ。最近分かってびっくりしちゃったわ。だって中国になんか行ったことないし、自分に中国の血が流れてるなんて思いもよらなかったから。中国語も全然わかんないし。でも、すごい世界が広がった気がするの。コロナが収まったら上海に行ってみたいわ」と、こんな風な会話が弾み、お金を払ってからドアを出るまで20分くらいかかりました。


 考えてみると、コロナになってから僕の読書傾向もだいぶ変わりました。日本へはしばらく帰れないし、郵便事情も悪いので、手元には読んでない日本語の本がほとんどなくなってしまいました。そのせいで、この頃はすっかり英語の本ばかり読んでいます。仕事のネタ探しもありますが、オーストラリアの民話や伝承、怪談や歴史の本にすっかり夢中になってしまいました。また、趣味のスパイ小説も大好きで、こちらは古くて安いペーペーバックを近所のマーケットにある古書店から仕入れてきます。ここも顔見知りなので、2、3冊買うとおじさんが値段をまけてくれます。



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これはオーストラリアのブッシュの物語を集めた本。こっけい話、ほら話、怪談など。


 電子書籍にも挑戦してみました。昨年は、半年以上も図書館が閉まっていたので、その間図書館の無料サービスでダウンロードし、結構たくさん読みました。でも、まだ僕は、タブレットで本を読むのにはどうしても馴染めません。

 そんなで、今年はメルボルンの古書店巡りをしてみようかと画策しています。

 
 
 

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