あなは ほるもの おっこちるとこ
- 鉄太 渡辺
- Oct 22, 2015
- 5 min read
2015年10月22日
今、毎日穴を掘っている。
子供の頃もしょっちゅう掘っていた。幼稚園の砂場、自分のうちの庭、空き地、いろいろなところで掘っていた記憶がある。絵本作家モーリス・センダックにも、『あなは ほるもの おっこちるとこ』(わたなべしげお訳、岩波こどもの本)という作品があるが、穴にはいろいろな種類があり、様々な目的の為に掘られる。落とし穴、トンネル、タイムカプセルを埋めた穴、死んだ金魚を埋めた穴、生ゴミの穴、ただの穴、大きな穴、小さな穴、エトセトラ、エトセトラ。子供は穴を掘って大きくなる。

深さ70センチ、幅30センチ
幼稚園のある時、僕は級友のトクヤマナガオ君と「地球の裏側まで掘ってみよう!」決意した。プラスチックの小さなシャベルを手に掘ること10分、幼稚園生としてはかなり深く掘ったつもりだったが、やがて砂場の底のコンクリートにぶち当たった。
トクヤマ君は、「おお!地球の裏側ってのは、コンクリートだったのか! やっぱりなあ!」と素っ頓狂な声で叫んだ。 地球の裏側は砂場の底30センチのところにあり、それはコンクリートで覆われていた。僕らには大発見だった。
その後、トクヤマナガオ君は大学では工学部に進み、土木工学を専攻した。今では大きな鉄道会社に勤めている。きっとトンネルなんかを掘っているに違いない。

1才10ヶ月にして、すでに穴を掘っている私(左)
さて、今僕が掘っている穴は、深さ70センチ、直径30センチの穴である。これを30ばかり掘らなくてはならない。これは木製デッキの土台の杭を埋める穴である。車庫と家の間の隙間の木製デッキが腐ってだめになったので作り直すことにしたのだ。オーストラリアは大工の人件費も高いし、自分でやることにした
だが、デッキの面積は4X7メートル=28平方メートルばかりあって、けっこう広い。地面からの高さはおよそ80センチと低いが、最低60センチは杭を埋めなくてはいけない。また杭は、1.2メートル四方ごとに打たなくてはならないので、30ほど穴を掘らなくてはならない。

デッキを作っている作業現場
僕の作業工程は、穴を二つか三つ掘るごとに、穴底にコンクリートを流し込む。それが固まると、杭を差し込んで、水準器を使って水平で垂直なことを確かめつつ、さらにコンクリートを流し込んで固める。この繰り返しだが、これまで15本埋めたので、残りは半分である。まだ先は長い。
近所のイアンというお父さんと穴掘りの話をした。彼はこういう日曜大工仕事は大先輩である。本職はプラスチック工場の生産管理だから、工学系の作業はお手の物。「穴掘りみたいな仕事ってのは一度にやると面倒だし、根つめてやると骨だ。だから、毎日仕事から帰ると、夕食前ひと掘り、土曜日の午後にふた掘りってな具合に掘れば、いつかは終わる。急いじゃだめよ、急いじゃ」。なるほど。
これも近所のお父さんで石工のビルは、穴掘りのプロである。石壁を作ったり、暖炉を作ったり、フェンスを直したり、毎日仕事として穴を掘っている。ビルの穴掘りを見ていると、(ちょっと誇張があるが)バレエダンサーが白鳥の湖を踊る様に華麗である。力も入れず、音も立てない。息の乱れも見せずに、あっという間に大穴を掘ってしまう。
ビル曰く、「穴ってのはね、深くなると掘り難くなるでしょ。だから、立ったまま掘るんじゃなくて、こうやってひざまずいて、低い姿勢で丁寧に土を掻き出すように掘る」と言う。やっぱり、年期が入っている。
デッキ作りは、大工事と言えば大工事のようだが、それほど難しい作業ではない。本棚を作るよりは大変だが、家を一軒建てるよりはずっと簡単だ。

三種の神器、水準器、巻き尺、深さを計る竹の棒(70センチに切ってある)
でも、僕がデッキを作るのは初めての事。何でも初めての時は知らない事が多い。作業に着工するまでは、本を読んだり、ネットで調べたり、経験者に話を聞いたり、近所のホームンセンターの人に相談したりし、決断まで1年はかかった。それでも「よし、やるぞ!」という気持になかなかならなかった。
でも、考えているだけじゃデッキは出来ない。だから最近、杭に使う木材18メートルを一気に註文してしまった。こうなったら後には引けない。かくして作業が始まった。
そこで穴を掘っている訳だ。イアンが言う様に、毎日二つか三つ穴を掘り、杭を立てている。でも案外難しい。 杭をセメントで埋めてもう一度水準器で調べると、曲がっていたりする。高さが一センチ低かったり。そんなことはしょっちゅうだ。一本として完璧な杭はない。

穴掘りの道具「オーガー」は純粋オーストラリア製
また、掘っていると、地面から何が出て来るか分からない。だいたい、うちの庭は50センチ掘ると黒土が終わって、その下は粘土だ。その粘土を掘ると水が出て来たり。こういうときは、どうすればいいの?
雨水管が埋まっていて、それをスコップでぶち壊してしまったりもする。娘のボーイフレンドのシャノンにそのことを話す。シャノンは庭師なので、こういう仕事を毎日、朝から晩までやっている。だから、雨水管くらいは平気の平左。「あははは。やりましたね!僕だってしょっちゅう水道管を破裂させて水道屋のやっかいになってますよ。ガス管だけではちょっと怖いけどね。水道管があるか、ガス管があるか、60センチ下にあるか、1メートル下か、神様だけがご存知ですよ。」

オーガーをぐりぐり回すと、穴が深くなり、土がオーガーの先の筒にたまるので、引き上げて捨てる
本当にその通りだ。地面の中に何があるかは、神様だけがご存知。穴は掘ってみないと分からない。掘っていると、スコップの先にじゃりっと石が当たる。そして、意外にその石が大きかったりする。でも、こんな障害物を掘り出せた時の気分の良さったらない。
だから、不思議と穴掘りは、やればやるほど楽しくなる。掘っていると、だんだん上手になる。良い穴が、すこっと掘れたときの達成感はなかなかだ。最初は面倒だし、腰も痛くなるが、上手になってくると、上記のビルじゃないが、優雅で経済的な掘り方が出来る様になる。冗談でなく、たまに外に出掛けると、早く家に帰って穴が掘りたくなったりする。
子供時代は、純粋に穴掘りが楽しかった。どろどろになって、大きな穴を掘ると、子供なりに「仕事をしたんだ!」という感慨があった。喜びで体が一杯になるような、そんな充実感だった。まあ、今ではそこまでは感じないが、それでも無心に穴を掘るのは悪くない。
さあ、これを書いたら、もうひと穴掘ってこようっと。

もうひとつ作業のこつは、整理整頓だ。
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