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60歳になったことなど

2022年2月23日

 

 

僕もとうとう60歳になった。60歳なんてまだ若造だ、と言われるかもしれないが、やっぱり、それなりの感慨がなくもない。




まず、誕生日の朝、息子に「長生きしたね」と言われた。しかし、今や60歳というのは決して長生きではない。日本人男性の平均寿命は81歳ということだから、それ以上生きなければ長生きにならない。しかし、19歳の息子にしたら、やはり60歳というのは随分な年寄りに感じられるだろう。年齢というのは、相対的なものだ。

 

誕生日から1週間くらい経った日曜日に家族が誕生パーティをしてくれた。食事の準備が面倒だと思ったから、「ベルグレーブにあるフランス料理を食べに行こうよ」と僕は言ったのだが、予約しようとしたら、日曜日はそのレストランは休みということだった。これだからオーストラリアの田舎は困る。

 

だから、うちで食べることになり、メルボルンのシティに住む娘が、珍しいレバノン料理のテイクアウェーを買ってきてくれた。(オーストラリアでは、「お持ち帰り」をtake outと言わずにtake awayと言う)。これは随分なご馳走だった。

 

(うちの前のユーカリの木。樹齢30年くらいかな。)



食事をしながら娘に、「パパ、どんな時に60歳になった実感がした?」と聞かれた。そんな実感はまだ感じたことがなかったから、「さあねえ、もしかしたら、コロナ禍になってから、いろいろなことが変わったから、去年くらいからちょっと心境が変わったかも」と、変な返答をしてしまった。娘も、つまらないことを聞いたという風で、ただ「ふうん」としか返事しなかった。28歳の娘にも、60歳になるなんてことは、まだまだ想像がつかないんだろう。

 

僕の父が60歳になった時は、僕は26歳だった。振り返ってみると、やはり父を年寄りに感じた気がする。それは1988年のことで、手元にある父の手帳を開けてみると、父はまだたくさん仕事をしている。しかし、やはり50代の時よりも大分スローダウンしていたかもしれない。大学教授を40歳半ばで辞め、子どもの本の作家として活動していた父は、その頃には、もう大きな仕事はやり終えた感じで、後輩の作家や研究者を育てるための勉強会をしたり、海外の作家会議に遊び半分でぶらっと出かけたり、週に2回ゴルフをしたり、かなり余裕のある暮らしだった。そこがかえって年寄り臭かった気がする。また、それほど頑健ではなかった父の体は、少しガタが来始めていたようで、手帳には随分たくさん医者通いの記録がある。

 

60歳になった僕にも、多少は持病めいたものがあり、定期的に医者に通っている。幸い、間違ったら命取りになるような疾患はなくて、歯が悪くなったり、耳が詰まって聞こえが悪くなったり、夜トイレが近くなったりとか、そんな程度だから、持病と言えるほどではないかもしれない。じわじわっと年齢を感じることはあっても、ガクンと歳をとったと実感するほどではない。まあ、こんな感じで歳をとっていけたらまずまずだろう。

 

娘の「どんな時に60歳になった実感がした?」という質問は、しばらく耳に残っていた。2、3日して、仕事の合間に眠気覚ましにギターで色々な曲をガチャガチャ弾いていた。中学時代からギターを弾いているが、ちっともうまくならない。ハッビーエンドの「風をあつめて」という古い曲をよく弾くのだが、細野晴臣の曲はどれもコードが難しく、テンポもゆっくりで、簡単そうに聞こえても、とても難しい。この曲をうまく弾けたと思うことは滅多にない。

 (僕のギター。13歳の時買ったヤマハ、28歳の時に買ったオベーション、55歳になって買ったフルアコのイーストマン)



だから、その日も、適当にデタラメに弾いていた。ところが、自分で言うのも何だが、突然「あ、弾けた!」という感じがした。なぜだか分からない、とにかく、何かがストーンとすっぽ抜けた感じがした。

 

その時、「ああ、これが60歳になったということかも」と思った。そんな感じなら歳を取るのも、そう悪くない。

 

今後、70歳になった時、80歳になった時にも、こう言うことがあるだろうか?あったら良いなあ、と思う。


それが60歳になった僕の感慨だ。

 
 
 

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